素晴らしい日本国内の旅

日本という国は自然、文化ともに素晴らしいところです、 そんな日本国内の各所を巡ります、

平成日本紀行(136)竹田 「広瀬武夫」


九州地方の皆さん、此の度の大震災に謹んでお見舞い申し上げます。
(この記事は震災以前のものです)




『九州紀行』は以下にも記載してます(主に写真主体)
九州紀行」; http://orimasa2009.web.fc2.com/kyusyu.htm
九州紀行」; http://sky.geocities.jp/orimasa2010/






 平成日本紀行(136)竹田 「広瀬武夫」    、







http://blog-imgs-30.fc2.com/h/i/r/hiroshige100/20100214081517cf8.jpg
万世橋付近の広瀬中佐銅像、(現、秋葉原




 https://encrypted-tbn3.gstatic.com/images?q=tbn:ANd9GcSS3Vk7TCH3iJXPyWWktL0XMkGPE5ihIVE5mefagvEK37eX3HQeZQ





旅の記録;「日本一周」へリンクします

明治の軍神といわれら「広瀬中佐」は・・ 、

NHKで21世紀スペシャルドラマとして『坂の上の雲』が放送で見たことがあるが、たしか、2009年から2011年での足掛け3年に渡って放送されていた。

日本が近代国家へと歩み始めた明治時代、伊予国・松山に3人の男、後に日本海軍参謀としてのロシア軍を勝利に貢献する秋山真之、その兄で日本騎兵の父となる好古、俳句・短歌の中興の祖となった正岡子規等を主人公に、明治と言う時代を精悍に生きて行く物語である。

そして、秋山真之の海軍時代の友人に海軍中佐・「広瀬武夫」(役:藤本隆宏)が登場するが、第2部(2,010年)の放送で行われたロシア極東艦隊の基地・旅順を攻撃するシーンで、広瀬武夫は華々しい戦死を遂げる。




蛇足だが、小生60歳を過ぎるまで医者要らずの身体、きわめて健康体で過ごしてきたつもりであった。
或る年、成人病検診で血便が出ていて、精密検査が必要であると判定された。 
近くの病院で検査した結果「大腸ガン」であることが分かり、早速、入院、手術、治療で約1ヶ月の病院生活であったが無事治癒し、現在はこうして普通に旅行にも出掛けられる健常者に戻った。 
1ヶ月の病院生活で兼ねてより読みたかった司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読破した、たまたま、2004年は日露戦争開戦100周年に当る年でもあったので・・!。
この小説の中の「旅順港」の項で、広瀬中佐の事が詳しく描かれている。


「 とどろく砲音(つつおと) とびくる弾丸(ひだま) 荒波(あらなみ)洗(あろ)うデッキの上に・・・・杉野はいずこ、杉野は居(い)ずや・・!! 」

文部省唱歌広瀬中佐」の唄である。
この歌を知っている人はがかなり年配のはずだが・・、


時は明治37年(1904)2月、日露開戦と同時に日本海軍は旅順港(りょじゅんこう)のロシア艦隊を奇襲する。
併せて、ロシア艦隊を旅順港内に封じ込めるため「旅順港閉塞作戦」という、古舟を旅順港口に沈める作戦を三回にわたって実施された。
その第2回目に参加した4隻の中の1隻が福井丸であり、その艦長が広瀬中佐であった。

ところが爆沈用の福井丸が旅順港口に近づいた時、敵船の魚雷が命中して福井丸は間もなく沈没する運命にあった。
即刻、艦長の広瀬中佐は船から撤退命令を出し、全員ボートに乗り移ったかに見えたが、部下の杉野孫七上等兵曹(戦死後兵曹長に昇進)が行方不明になっていることを知り、助けるため船内を三度も捜索中、広瀬は敵軍砲弾の直撃を受け戦死したのである。 享年36歳であった。

このことが後に評判となり、広瀬は海軍のかがみであり、尚且つ、部下思いの広瀬は「軍神」とされて、軍国主義教育の好材料とされた。



広瀬武夫は岡藩士・広瀬友之允(重武)の次男として豊後国竹田(現在の大分県竹田市)に生まれている。 
飛騨高山の小学校を卒業後に小学校教師を務め、後に海軍兵学校へ入学する。 日清戦争に従軍し、ロシアへ留学してロシア語などを学び、貴族社会と交友する。この時、旅順港などの軍事施設も見学しているし、後にロシア駐在武官となっている。

1904年(明治37)より始まった日露戦争において旅順港閉塞作戦に従事し、第2回の閉塞作戦においては閉塞船福井丸を指揮しすることになる。 
広瀬は、戦死の際に首を飛ばされ、流れ着いた胴体はロシア軍により埋葬されたという。 戦死後中佐に昇進し、日本初の「軍神」となり、大分県竹田市の「広瀬神社」では祭神となっている。
「広瀬中佐」の歌は文部省唱歌の題材にもなった。


次回も、広瀬武夫

  
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