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素晴らしい日本国内の旅

日本という国は自然、文化ともに素晴らしいところです、 そんな日本国内の各所を巡ります、

16、世界遺産;厳島神社の概説 「清盛の美の傑作・厳島神社」



 16、世界遺産厳島神社の概説 「清盛の美の傑作・厳島神社」 





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清盛による美の傑作「厳島神社

清盛の美の傑作・安芸の厳島神社は、そのアイデアといい、美しさといい、まさに日本の宝といえます。

現在、中国地方でも有数の観光地として知られる宮島は日本三景の一つにも数えられ、平成八年には厳島神社世界遺産に登録されています。

古くは「伊都岐島」とも呼ばれ、推古天皇飛鳥時代の元年)の時代に造られて以来、鎮護国家の祠、安芸国第一の霊社として多くの人々の尊崇を受けてきた。

その後の平安時代の末期、平家一門と厳島神社との関係は、清盛が安芸守だった頃からだと言われています。
平家物語には、清盛が勅命高野山の大塔を修理した際、老僧が現れて「荒れ果てた厳島を修理して下されば、官位は肩を並べる人がないまでになります」と告げたので、清盛はこの老僧を弘法大師と信じて厳島の再興に尽力した、と語られています。
 

仁安二年(1167年)、太政大臣を辞任した清盛は、翌年に出家、風光明媚な福原に別荘を造営しました。
そして、厳島神社の造営も福原の整備とほぼ並行して行われたのです。

清盛は厳島神社の神主で家人でもある佐伯景弘を通して「華麗にして荘厳な社殿の造営」を朝廷に求めたのです。

承安四年(1174年)には後白河法皇が、寵姫・滋子(清盛の妻・時子の姉)とともに参詣しており、高倉天皇も譲位後初めての参詣を厳島で遂げています。

その際、随行した公卿達は慣れない船旅に不平を言いながらも、実際に厳島を眺めると、その美しさに目を見張ったといいます。


次回、「清盛の政治とバランス感覚」

  
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