素晴らしい日本国内の旅

日本という国は自然、文化ともに素晴らしいところです、 そんな日本国内の各所を巡ります、

島根県

平成日本紀行(183) 斐川 「宍道湖」 

平成日本紀行(183) 斐川 「宍道湖」 、 宍道湖からの夕景 その宍道湖の北側を進む。 出雲大社から来ている一畑電鉄大社線が並行して走っている。 布崎駅から園駅辺りから宍道湖の湖面が見え出した、走行してても湖面から緩やかに風が吹き込んでくる。 湖面を…

平成日本紀行(183) 斐川 「オロチ伝説と斐伊川」 

平成日本紀行(183) 斐川 「オロチ伝説と斐伊川」 、 さて、早朝の「出雲大社」参拝見学を終えて一旦、宿に戻り、遅い朝湯と朝食を頂いて宿を出る。 国道9は丁度朝のラッシュの時間帯らしく、上り・・?の松江方面が予想外に混雑していた。そのため宍道湖へ出…

平成日本紀行(182)出雲 「出雲大社の遷宮」

平成日本紀行(182)出雲 「出雲大社の遷宮」 . 出雲大社の参道松並木; 参道は真中と両側と松並木によって三つのゾーンに分かれている。 昔は、中央の参道は皇族の方々や例祭の時の天皇の勅使が通られる道とされていたという。 参道横、勅使館と手水舎の間に…

平成日本紀行(182)出雲 「出雲神話と史実」

平成日本紀行(182)出雲 「出雲神話と史実」 . 「神無月」というが、出雲地方に限って「神在月」という・・! 、ところで、オオクニヌシが行った「国造り」とは、列島のどのくらいのエリアに及んだのか・・?。 記紀や「出雲風土記」などによると、先ず、「紀…

平成日本紀行(182)出雲 「出雲の国と神話」 

平成日本紀行(182)出雲 「出雲の国と神話」 . 神話の古事記や日本書紀による神代の神武天皇までの譜系図 (出典;http://www.taimayamaguchi-jinja.org/index.php?%E7%A5%9E%E3%80%85%E3%81%AE%E7%B3%BB%E8%AD%9C) 「出雲の国」とは・・?? 、神話の古事記…

平成日本紀行(182)出雲大社 「拝礼の意義」

平成日本紀行(182)出雲大社 「拝礼の意義」 . 出雲大社への拝礼は、希望や願望と同時に、“厄災を起こさずに鎮まってて下さい”という意味でもあるとか・・、出雲大社の広大な境内(実は、境内そのものは伊勢神宮や宇佐神宮よりかなり小規模)の内、拝殿、本殿…

平成日本紀行(182)出雲大社 「国譲り伝承」

平成日本紀行(182)出雲大社 「国譲り伝承」 、 古代・出雲大社の想像図(資料) 大国主が、大和の神へ「国譲り」を行ったとされる真意は・・? 、出雲大社が最初に創建されたのはいつのことなのか・・?、 その具体的年代を知る事は非常に困難であると言われ…

平成日本紀行(182)出雲大社 「御本殿」

平成日本紀行(182)出雲大社 「御本殿」 , 出雲大社の主要神殿の配列;手前から拝殿、八足門、桜門、一番奥が御本殿 出雲大社・本殿(Wik) 本殿内部の祭神配列の異様さ・・? 、その奥の高床の最上位にある神殿、つまり大社造りの御本殿に御神体が鎮座してい…

平成日本紀行(182)出雲大社 「拝殿と拝礼」

平成日本紀行(182)出雲大社 「拝殿と拝礼」 、 出雲大社の主要神殿の配列;手前から拝殿、八足門、桜門、一番奥が御本殿 出雲大社・拝殿 (以上はWikから) 出雲大社での参拝は四礼四拍手一礼が基本で、四回の拍手は、四合わせ(幸せ)に通ずるという・・、…

平成日本紀行(182)出雲 「日本人と藁」

平成日本紀行(182)出雲 「日本人と藁」 、 出雲大社の注連縄 引き続き、注連縄に絡んだ「藁」(わら)について・・、序ながら、昨今、都会では「藁」を見かけなくなったが、それでもお正月になると注連飾りなどで、藁に接する機会がある。 注連縄を作るため…

平成日本紀行(182)出雲 「出雲大社」 

平成日本紀行(182)出雲 「出雲大社」 、 出雲大社の神楽殿を飾る日本一の「大注連縄」 先ず、出雲大社の日本一の大注連縄について・・、午前6時を回った頃の早朝、国道9から国道431にて大社方面へ向かった。 国道は、それなりであったが大社の町は未だ朝の静…

平成日本紀行;石見銀山紀行(12) 「石見銀山史」(2)

平成日本紀行;石見銀山紀行(12) 「石見銀山史」(2) . 大森代官所跡近くにある「井戸平左衛門正明」を祀る井戸神社 序ながら、「いも代官」と言われた大森代官の逸話を一つ、「石見銀山」の代官所は大森町に設けられ、幕末まで59人の奉行・代官が交代で…

平成日本紀行;石見銀山紀行(11) 「銀山の歴史」

平成日本紀行;石見銀山紀行(11) 「銀山の歴史」 . 「石見銀山」が、何時、誰に発見されたのかを確実に伝える資料は今のところ見つかっていないという。 ただ、「銀山旧記」という説話古文書にはは以下のように記されているという。『 室町後期、博多の…

平成日本紀行;石見銀山紀行(10) 「銀山街道」

平成日本紀行;石見銀山紀行(10) 「銀山街道」 . 石見銀山の尾道銀山道 ( このMAPは、筆者・○○氏から拝借したものです。 詳細URL; http://www.geocities.jp/saigokuh16f6/49iwami-ginzan.html ) 龍源寺間歩より先は、車では行けず山道となる。 先にも…

平成日本紀行;石見銀山紀行(9) 「鉱山の守神と間歩」

平成日本紀行;石見銀山紀行(9) 「鉱山の守神と間歩」 . 石見銀山遺跡・「龍源寺間歩」入口 龍源寺間歩の内部 落ち着いた雰囲気の「安養寺」からは道路は山峡の地へ入り、車がやっと一台通れるくらいの道幅である「新切間歩」や「福神山間歩」などがあり…

平成日本紀行;石見銀山紀行(8) 「大久保石見守長安」

平成日本紀行;石見銀山紀行(8) 「大久保石見守長安」 . 街外れの山襞に苔むして一人寂しく眠る 「大久保石見守長安」の墓 人家も疎らになった山間の地をゆっくりと車を進めると山裾の緑陰の地、古き石段を少々登ったところの静謐の地に「大久保石見守長…

平成日本紀行;石見銀山遺跡(7) 「銀山の街・大森地区」

平成日本紀行;石見銀山遺跡(7) 「銀山の街・大森地区」 平成 代官所跡の建物7は、現在は「石見銀山資料館」 大森の町並みと「五百羅漢」 仁摩の町へ入って間もなく大きな石見銀山への案内が目に付く、その案内に従って内陸山地へと向かった。 暫く、潮…

平成日本紀行;石見銀山遺跡(6) 「沖泊・鞆ヶ浦」

平成日本紀行;石見銀山遺跡(6) 「沖泊・鞆ヶ浦」 、 深い入り江の「沖泊湾」 穏やかな「鞆ヶ浦」 入江で船を係留する岩・「鼻ぐり岩」 (以上、Wikから出典) 温泉津の北方先端、湯里から馬路の間のリアス形海岸入江に、石見銀山の銀の積出港であった「…

平成日本紀行;石見銀山遺跡(5) 「温泉津温泉」

平成日本紀行;石見銀山遺跡(5) 「温泉津温泉」 . 温泉津温泉 温泉津温泉・「薬師の湯」 江津を出ると、すぐに山陰本線の山あいの「温泉津駅」に至った。 やはり赤い屋根のチョット豪華な民家風の駅であった。「温泉津」は、普通に読めば「おんせんつ」で…

平成日本紀行;石見銀山遺跡(4) 「佐比売山神社」

平成日本紀行;石見銀山遺跡(4) 「佐比売山神社」 , 石見銀山の守神・「佐比売山神社」(Wikより) さて石見三田・世界遺産の大田市(おおだし)であるが、大田市は雄大な自然、温泉や食事など観光をするのに魅力の多い街で、情緒あふれる温泉津温泉、鳴…

平成日本紀行;石見銀山遺跡(3) 「石見三田」

平成日本紀行;石見銀山遺跡(3) 「石見三田」 , 引続き「石見地方」のことである。 石見国(いわみのくに;石州:せきしゅう)は、東西に長いため東から大田市を中心とする東部を「石東」、江津市や浜田市を中心とする中部を「石央」、益田市を中心とする…

平成日本紀行;石見銀山遺跡(2) 「石見地方」

平成日本紀行;石見銀山遺跡(2) 「石見地方」 、 石見神楽(日本神話におけるスサノオの八岐大蛇(ヤマタノオロチ)退治を題材とした内容) スサノオと大国主(縄文の親玉を祀る・・?)を祭る出雲大社(妻入り風の拝殿と最奥は御本殿、高さ24m社建築最大…

平成日本紀行;世界遺産・石見銀山 「はじめに」

平成日本紀行;世界遺産・石見銀山 「はじめに」 、 写真:世界遺産の「龍源寺間歩」、公開中の坑内 世界遺産・石見銀山遺跡(1) 「はじめに」 2007年(平成19年)6月末、「石見銀山史跡」は世界遺産に正式に登録された。 正式名称は『石見銀山遺跡とその…

平成日本紀行(180) 江津 「江の川」 

平成日本紀行(180) 江津 「江の川」 、 江の川河口と江津港(日本製紙の煙突) 江の川は、中国地方最大の川で、江川(ごうがわ)とも呼ばれる・・、 石見地方の浜田には高速道路が到達している。 瀬戸内・山陽道が大きく内陸へ入り込んでるあたり、広島の北…

平成日本紀行(179) 浜田 「石州瓦」

「日本の世界遺産の旅の記録」へリンクします 平成日本紀行(179) 浜田 「石州瓦」 . 浜田の石州瓦屋根が並ぶ町並み風景 石州瓦は、冬の風雪に耐えながら、この地方独特の風情と景観を醸し出している・・、特に、島根県に入って目に入ったものは、海の青、山…

平成日本紀行(179) 浜田 「会津屋八右衛門」

平成日本紀行(179) 浜田 「会津屋八右衛門」 , 道の駅・「夕日パーク浜田」から望む浜田港 江戸期、商人・会津屋の密貿易で浜田藩は窮乏から脱したという。 即ち、会津屋は藩の恩人であった。 だが、幕府の罪人でもあった。?、山間の三隅町から再び海岸へ出…

平成日本紀行(177) 益田 「柿本人麿呂」

平成日本紀行(177) 益田 「柿本人麿呂」 . 高津柿本神社(益田市)と柿本人麿呂像 「足日木乃 山鳥之尾乃 四垂尾之 長永夜乎 一鴨將宿」・・?、阿武町から須佐町、田万川町は海岸にへばりつく様に、鉄路(山陰本線)と道路が並行して走る。 午前の頃、モヤ…